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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8808号 判決

原告 日特重車輛株式会社

右代表者代表取締役 吉原幸一

右訴訟代理人弁護士 原田勇

同 細田貞夫

同 桂川達郎

同 鈴木巌

被告 国

右代表者法務大臣 高橋 等

右指定代理人検事 宇佐美初男

同 橋本秀夫

被告 谷只雄

右訴訟代理人弁護士 横川紀良

主文

被告国は、原告に対し、金四九万九、〇〇〇円、及びこれに対する昭和三七年一月二二日以降完済に至るまで年五分の金員を支払え。

被告国に対する原告のその余の請求を棄却する。

被告谷に対する原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告谷において生じた分は原告の負担とし、原告及び被告国に生じた分については、原告において生じた分の四分の一を同被告の、負担とし、その余を各自の負担とする。

この判決の原告勝訴部分は、原告において、被告国に対し金一六万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、本件機械の換価競売の経過について。

≪証拠省略≫を総合すれば、本件機械の換価競売の経過に関する事実として、次のような事実が認められ、≪証拠省略≫及び被告谷本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信し難く他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、本件機械を高橋武氏に代金五六七万九、九七五円、月賦支払いの約で売却したが、同人は右代金の内約金二〇〇万円を支払ったのみで、残余の月賦金の支払いを怠ったので、右契約を解除し、昭和三六年二月頃東京地方裁判所より本件機械に対する高橋の占有を解き、前橋地方裁判所所属執行吏に保管させる旨の仮処分命令を得て、瀬谷執行吏に委任してこれを執行し、次いで、東京地方裁判所に対し高橋を相手方として所有権に基づき本件機械引渡請求の本案訴訟を提起し、昭和三七年四月二〇日原告勝訴の判決があり、同判決は控訴期間の経過により確定した。

右訴訟係属中の昭和三六年一〇月頃、原告は本件機械が露天に置かれ、風雨にさらされ、そのまま放置するときは、その価値を著しく減ずる虞れがあったため、本件機械について換価命令を申請することとなり、その旨瀬谷執行吏に伝えたところ、同執行吏より、予め本件機械の価額について鑑定を受けておくようにとの示唆があったので、原告は、本件機械のようなトラクターショベル、ブルトーザー等の修理、整備を専門に行ない裁判所からこのような機械の価額の鑑定評価を命ぜられてこれを行なった経験のある京浜車輌株式会社所属の奥田福松に本件機械の鑑定を依頼し、同人より本件機械は昭和三六年一〇月二六日現在金一五二万円相当である趣旨の鑑定を受け、同年一一月二八日東京地方裁判所より本件機械の換価命令を得て、翌二九日、書留郵便で、瀬谷執行吏に対し換価競売期日の指定申請書に右奥田作成の鑑定書を同封して送付したが、その後、右換価命令は管轄違いの理由により一旦取り消された後、換価命令の申請が前橋地方裁判所に移送され、同裁判所は、昭和三六年一二月二七日本件機械の換価命令を発したので、原告は、再度瀬谷執行吏に競売期日指定の申請をした。

原告より換価競売の委任を受けた瀬谷執行吏は、先に原告より送付された奥田作成の鑑定書を送付を受けた当時一見したがこれを記録に編綴していなかったため、その所在がわからなかったためか、本件機械につきあらためて鑑定を依頼することとし、かねてより差押、競売等の委任を受け、熟知の間柄にあった群馬トヨタ株式会社庶務課の長井紀美雄に対し口頭で本件機械の鑑定を依頼したところ、同人は、乗用車等の自動車と本件機械のような建設機械とでは、取扱い業者が異なり、同社では建設機械は、取り扱っておらないから鑑定はできないと断わったが、同執行吏が重ねて強く鑑定を求めたため、これに応じ、昭和三七年一月一三日付で同人の勤務する会社の内規に従い、中古車課長天田房夫名義で本件機械の価格を金七〇万円と評価した鑑定書を提出した。(なお、右鑑定について、同執行吏は鑑定料の支払いをしておらず、右鑑定書を記録に編綴していなかったし、鑑定の結果を原告に通知もせず、再鑑定を命ずることもしなかった。)

瀬谷執行吏は、昭和三七年一月八日付で本件機械の換価競売期日を同月二二日午前一〇時本件機械の保管場所で行なうと指定したので、原告側では、右期日に立ち会うこととし、同月一九日同執行吏の役場に連絡して、その旨を伝えたところ、役場事務員より、執行現場に直接行かず、役場の方に来るようにとの指示があった。原告としては、本件機械が金一〇〇万円を下る金額で(原告以外の者に)競落されることのないよう、競売期日の前日銀行為替で金一〇〇万円を前橋に送金しておいた。競売期日である同月二二日、原告側では、右競売に立ち会うため原告代理人桂川達郎弁護士、原告会社総務部長鈴木勉美及び競買希望者である甲田自動車有限会社所属の甲田文男らが東京を出発したが、当日は積雪のため列車が遅延し、高崎駅へ到着したのは午前一〇時二〇分頃であった。そこで、直ちに瀬谷執行吏の役場に駅より電話したところ、同執行吏はすでに役場を出発しており、結局、競売に立ち会うことができなかった。

瀬谷執行吏は、競売当日午前一〇時過ぎまで、原告側の到着を役場で待っていたが、原告側が時間になっても来ず、また当日、本件機械競売のほかにも、有体動産の差押事件があって、右事件関係者がそろっており、道順からいって、同執行事件の現場に行くには、本件機械の保管場所を経て行くことが便宜であったところから、まず本件機械の競売にとりかかることとし、その保管場所である前橋市元惣社町不二建設株式会社に被告谷の車に同乗して行った。

被告谷は、古物商を営み、有体動産を競落した上これを他に転売することを業としていたため、日頃瀬谷執行吏の許に出入りしていたが、本件機械の競売を公告で知り、従来本件機械のような建設機械を取り扱ったことはなかったが、値段によっては、これを競落しようと考え、その資金として農業のかたわら共同で金融業を営んでいる同被告の実弟福田喜一及びその友人樋口実より金四〇万円を借り受け、これに自己資金二〇万余円を加えて、競売期日に執行吏役場に出かけた。同被告は、本件機械を競売期日前に下見聞はしていたが、かような機械については専門的知識はなく、また専門家の意見も聞かなかったし、本件機械競落後の処分先きも決まっていなかった。同被告は、右競売期日執行吏役場において、前記高橋武氏より、「本件機械はポンコツ同様で、金一八万円か金二〇万円位のものだ。」といわれた。

競売現場には、被告谷のほか競買希望者がなかったため、瀬谷執行吏の競買の催告に対し、被告谷が金五〇万円を申し出、同執行吏がもう少し上げるようにと告げたので、同被告は金五〇万一、〇〇〇円と申し出て、右価額により、被告谷が競落した。

被告谷は、本件機械を競落して帰宅すると、甲田文男の訪問を受け、同人より本件機械を金六〇万円で買い受けたい旨の申出があったが、同被告が金七〇万円を要求したところ、同人は後日返答をする旨約して帰えり、その後なんの応答もなかった。本件機械については、売却先きが見つからなかったため、同被告は競落後約一週間を経て、前記福田及び樋口よりの借受金四〇万円と同人等より従来借り受けていた金三〇万円との合計額金七〇万円の債務につき本件機械を代物弁済として提供し、その後間もなく、右福田及び樋口はこれを、なんら修理、整備を加えないままで、前橋市内の土建業者に金一〇〇万円で売却した。

以上のような事実を認めることができる。

二、瀬谷執行吏の不法行為の成否について。

執行吏に対する執行の委任は、国家の公務員たる執行吏に公法上の職権ないし職務活動の発動を要請する行為であって、執行委任をもって、私法上の委任関係とまったく同性質のものと断ずることは許されないところであるとしても、元来、執行制度は、債権者及び債務者、とくに前者のために、公正な手続により目的物件をできるかぎり高価に換価して執行債権の満足を図る制度であって、この制度の利用を執行債権者の発意にかからせていることから考えれば、執行吏はその職務活動に当たっては、かような制度の本旨から当然要求される善良な管理者の注意義務をもってその事務を処理すべきことは当然である。従って、執行吏は執行事務を処理するに当たっては、法令に従わねばならないのはもとより、法令に則り若しくは法令の範囲内で執行事務を処理するに当っても、債権者及び債務者のために、適正な手続により、できるかぎり、高価に目的物件を換価することができるよう注意を払うべきものであるから、適正な手続により目的物件をいっそう高価に換価する措置、方法が他に容易に考えられ、善良な管理者としての職責にかんがみ、かような措置、方法をとるべきことが当然期待される場合に、これをとらないことによって債権者らの利益を害することは、たとえ、その執行行為が、外形上、法令の遵守において欠けるところがないように見える場合でも、なお、執行制度の本旨から執行吏に要求される善良な管理者としての注意義務にそむき、違法事由を構成するものというべきであり、従って、かような執行の方法によって債権者らの利益を害することは、とりもなおさず、国家賠償法第一条にいう公権力の行使に当たる公務員がその職務を行なうにつき故意又は過失により他人に損害を加えた場合に当たるものと解するのが相当である。

以上の見地に立って、前認定の事実関係に考察を加えるに、民事訴訟法第五七三条の要求する「適当なる鑑定人」とは、必ずしも専門工学的知識を有する者であることを要せず、目的物件の客観的取引価格を評価するに足りる経験と識見とを有する者であれば足りることは被告国の主張するとおりであるが、執行吏は、債権者及び債務者のために、適正な手続により、できるかぎり高価に目的物件を換価すべき善良なる管理者としての注意義務を負うことは前述のとおりであるから、(1)(イ)瀬谷執行吏は、長井に本件機械の鑑定評価を依頼した際、同人の勤務先の会社が本件機械のような建設機械を取り扱う業種に属しないことを理由に鑑定をことわられた以上、他に同種の機械を取り扱う業者で鑑定能力を有する者があるかどうかを一応調査、照会するのが相当であり、しかも証人山崎誠一の証言によれば、同執行吏の所轄地域である前橋市内においても、同種の機械を取り扱う有力業者の営業所が二ヵ所もあり、他にいっそう適切な鑑定人を求めることがさして困難でないと思われる事情にあったと認められるにかかわらず、瀬谷執行吏の証言によっても、同執行吏がかような誠実な調査や照会を行なった形跡はまったく見受けられず、かえって、前認定のように、同執行吏が、長井に対し、重ねて強く鑑定を求めた結果、天田名義の鑑定書が提出されるに至ったものであること、(ロ)前認定のように、奥田福松の鑑定書は、もともと、執行吏の示唆に基づき債権者において依頼し作成させたもので、期日指定書と同封、書留郵便をもって同執行吏に送付されたものであり、送付を受けた当時執行吏において、少なくともこれを一見しており、同鑑定書の評価額を知っていたと推認され、従って、天田名義の鑑定書の評価額との間に著しい開きがあることは同執行吏もこれを知っていたものと推認されるところ、かような場合、再鑑定を命ずる等の方法をとらないかぎり適正な評価額を認識することは困難であると思われるのに、同執行吏がなんらかような措置をとっていないこと、以上(イ)(ロ)の諸点から考えれば、瀬谷執行吏は、天田名義の鑑定価額が適正な評価額であることにつき十分確信をもっていたとは思われず、少なくとも、右鑑定価額を民事訴訟法第五七三条の要求する適正な評価額として競売を実施することが債権者の予期に反するものであることを知っており、いわんや、右鑑定価額よりもさらに下廻る価額で競落を許すことが著しく債権者の予期に反するものであることは、当然これを知っていたと認められること、(2)しかも、債権者代理人より競売に立ち会う旨の通知を受け、予め、奥田福松の鑑定書の送付を受けていた同執行吏としては、目的物件が債権者の予期に反し不当に廉価で競落することを防止するため、債権者自ら競買に参加し若しくは適正な競買希望者を同道し又は民事訴訟法第五八五条により執行裁判所に任意売却の申立をする等の措置をとることのあるべきことは経験ある執行吏(瀬谷証言によれば同執行吏の経験年数は四〇年以上に及んでいる。)としては当然予見し得べき事情にあったと認められること、(3)本件機械のような競売目的物件は(奥田鑑定は一ヵ月ごとに金五万円の損耗額を見込んでいるとはいえ)、その性質上、一刻を争うほどに換価を急施する必要があるものとは認められず、又競売期日を延期しあらためて競売を実施しても、被告谷の申出額以上の価額で換価することのできる見込がないと信ずるに足りる特段の事情があったことも証拠上なんら認められず、かえって、右述のような事情から競売期日を一回延期し、債権者側の立会いの下に競売を実施すれば、被告谷の申出額以上の価額で換価の行なわれる可能性が十分予想される事情にあったこと、(4)なお、前認定の事実によれば、本件競売期日当日、他にも執行事件があり、原告代理人より執行に立ち会う旨の通知を受けていた同執行吏としては、他の執行事件から先に着手し、原告の執行事件は後廻しとして、しばらく原告側の到着を待つ等の適当な措置をとる余地もないではなかったと認められるのに、原告の執行事件のために右のような適当な配慮をした形跡はうかがわれないこと、(5)さらに、瀬谷証言によれば、同執行吏の競売手続実施の実情としては、債権者より競売に立ち会う旨の通知を受けていた場合、期日に債権者が出頭しないときは期日を延期する事例も少なくなく、又競買申出があった後においても、申出価額が鑑定価額を著しく下廻るときは競落を許さず競売期日を延期する事例もあり、前認定のように、本件競売期日当日競買の申出をした者は被告谷一人であって、同人は日頃瀬谷執行吏の執行吏役場に出入りし、その執行方法の実情を熟知していたものと認められるところから、本件競売が行なわれた際、競買申出価額が鑑定価額を少なからず下廻るとの理由で競売期日を延期することは、同執行吏に若しその意思さえあれば、これを実行することに実際上なんらの障害がなかったと認められること、以上(1)ないし(5)の諸点から考えれば、債権者及び債務者のために、適正な手続により、できるかぎり、高価に目的物件を換価する責務を負う執行吏としては、当日、債権者側の到着を待って競売を実施するか、又は一回競売期日を延期し、あらためて債権者側を立ち会わせて競売を実施する等の方法をとることが善良な管理者としての注意義務を尽すゆえんであって、瀬谷執行吏がなんらかような措置をとらず、天田名義の鑑定価額よりもさらに低い価額をもって競落を許したことは、右注意義務を怠たり、違法に競売手続を実施したものと断ぜざるを得ない。

もっとも瀬谷証人の証言によれば、同執行吏は、本件競売期日に、鑑定価額をもって最低競売価額とすべきことを予め売却条件として告知することはしていなかったものと認められ、かような場合、最高価競買申出額が鑑定価額に充たないとの理由で競落を拒否し得るかどうかについては、公売の性質上異論もないではないが、執行吏の職責として最も重視さるべきことは、債権者及び債務者のためにできるかぎり目的物件を高価に換価することであること、前認定のような事情によれば、最高価競買申出価額が鑑定価額を下廻るとの理由で競落を許さないとすることにつき被告谷から違法として問議を受ける慮れはなく、実際上、右の理由で競売期日を延期することになんらの障害はなく、瀬谷執行吏がこの措置をとらなかったのは、執行法上の疑義を考慮したものではなく、もっぱら、執行吏に課せられた善良な管理者としての注意義務の自覚を欠くことによるものと認められること、以上の諸点から考えれば、競売期日を延期することにつき仮りに執行法上の異論があり得るとしても、このことは、競売期日延期等の適当な措置をとらなかったことが、善良な管理者の注意義務にそむくものとして、債権者らに対する関係で違法事由を構成するとの前記判断を左右するに足りないものと解すべきである。

三、被告谷の不法行為の成否について。

原告は、被告谷が瀬谷執行吏より長井の鑑定の結果と競落予想価額を聞き、同被告において本件機械を競落するため、競買希望者を排除したと主張し、≪証拠省略≫中には、被告谷及び瀬谷執行吏がこれを自認した趣旨の記載ないし証言があるが、甲第七号証は、いかなる状況でどのような方法により認識された事実を記載したものか不分明で直ちには措信できず、また桂川証人の供述は、同証人が被告谷及び瀬谷執行吏に損害賠償を求めに行った際、同人らが自認したというものであるが、予め内容証明郵便で損害賠償を求めた上、さらに同証人が問責に来た(この事実は、≪証拠省略≫によって認められる。)のに対し、被告谷及び瀬谷執行吏が、かような事実を自認したというのは不自然でもあり、さらに、被告谷は、競落後原告側の調査があったので瀬谷執行吏を訪ねた際、前記長井の鑑定書を見せてもらったことがある(右事実は、被告谷本人尋問の結果により認められる。)ので、この事実を述べたのを、甲第七号証を読んでいたと思料される桂川証人が誤解したとも考えられるから、これらの諸点から考えれば、右供述も直ちには措信できず、鈴木証人の供述は、甲第七号証及び桂川証人の報告に基づくものであるから、措信できず、他に原告主張を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、前認定のように、瀬谷執行吏が被告谷と従来より親しく、その車で競売現場に行ったこと、被告谷は本件機械のような建設機械について、専門的知識をもたないのに、いきなり金五〇万円で競買を申し出たこと、その他原告主張のような事実をある程度推測させる事実も存するが、他方、瀬谷執行吏は競売期日に原告側の立会いを強いて回避したことはなく、前認定のとおり午前一〇時過ぎまで原告側の立会人の到着を待っていたことなどを考えあわせると、未だ、本件全証拠によっても、被告谷の不法行為に関する原告主張の事実の存在を肯定することはできない。

四、損害額について。

さきに認定したように、原告は本件機械の所有権に基づく引渡請求の本案訴訟を前提として、執行保全のために本件仮処分命令を得、民事訴訟法第七五六条、第七五〇条第四項により、本件機械の競売を申し立て、右本案訴訟において原告勝訴の判決が確定しており、目的物件の換価代金は、結局、原告に帰するわけであるから、瀬谷執行吏が本件競売期日に際し、債権者側の到着をまって競売を実施するか若しくは競売期日を一回延期し債権者側の立会いの下に換価手続を実施したとすれば、かような適法な換価手続により換価し得たであろうと認められる金額と現実の競落価額金五〇万一、〇〇〇円との差額が瀬谷執行吏の違法な執行手続によって原告の被った損害に当たるものと解すべきである。

そこで右損害額について考えてみるに、前認定のように、原告は、本件機械が一〇〇万円を下る金額で人手に渡ることを防止するため現金一〇〇万円を準備して競売にのぞむ用意をしていたこと、競売終了後間もなく本件機械が前橋市内の土建業者に、なんら修理、整備を加えることなく金一〇〇万円で売り渡されていること、証人山崎誠一の証言によれば本件機械の保管場所を提供し、本件機械の状況をよく知っていたと推認される不二建設株式会社社長が金一〇〇万円程度であれば買手を見付ける困難はなく、この程度ならば自分が競落したかった旨を述べていた事実があること、奥田福松の鑑定書(甲第三号証)によれば、本件機械の昭和三六年一二月二六日現在の評価額が金一五二万円であって、一ヶ月を経過するごとに金五万円の割合による損耗を見込んでいることから計算すれば、右評価日より約三ヵ月後の本件競売期日当時の評価額は約金一三五万円程度と推算され、しかも同証人の証言の全体から右鑑定価額は、同人の所属する京浜車輌株式会社のような建設機械等を専門に取り扱う業者が中古品を下取りする場合の査定価額の見地が加味されているものと推認され、かような業者でない使用者(建設業者等)が現状有姿のままで本件機械を買い受ける場合の取引価格は右金額よりも幾分下廻るものと推測されること、以上の諸点を総合して考えれば、他に特段の反証のない本件においては、瀬谷執行吏が当日原告側の到着を待って換価実施するか、又は期日を延期してあらためて債権者側の立会いの下に換価を実施したとすれば、金一〇〇万円をもって競落が行なわれるか、又は原告が任意売却の申立(民事訴訟法第七五六条、第七五〇条第四項、第五八五条)をすることによって右金額で任意売却され、結局、金一〇〇万円で換価が行なわれたものと推認するのが相当である。(他の競売申立価額が低く、原告自身が金一〇〇万円を下る金額で自ら競落する場合も想像されるが、この場合においても、前記諸事情から推せば、金一〇〇万円の取引価格を有する物件を取得することにより結局、原告は同額の利益を保有し得ることとなる。)従って、右金一〇〇万円と現実の競落価額金五〇万一、〇〇〇円との差額金四九万九、〇〇〇円が瀬谷執行吏の違法な執行手続によって原告の被った損害に当るものというべきである。しかも、執行吏が、原告側から、予め奥田福松の鑑定書の送付を受け競売期日に立ち会う旨の通告を受けていた本件のような場合においては、経験ある執行吏として目的物件が不当に一般の取引価格を下廻る価額で競落されることを防止するため、自ら競買に参加し又は任意売却の申立をする等適当な方法をとるべきことは、当然予想すべきことがらであるから、前記損害額は瀬谷執行吏の不法行為と相当因果関係があるものと認めねばならない。

原告は、損害額について、奥田鑑定書の評価額が金一五二万円であること、動産の競売についても、原則として鑑定価額を最低競売価額として競売を実施すべきものであること、原告側が競買希望者甲田文男に現金一五〇万円を持たせて同道したこと、競売の実情においては、目的物件の適正価額の二、三割減で競落されるのが通例であることなどを理由として適正価額金一五二万円若しくは少なくともその三割減に当たる金一〇六万四、〇〇〇円と現実の競落価額との差額が原告の被った損害に当たると主張するが、甲田文男が現金一五〇万円を持参した旨の証人≪中略≫の各証言は措信できないのみならず、前述のような理由から奥田鑑定の評価額金一五二万円が必ずしも競売期日当時における本件機械の取引価格に合致するものとは認められず、公の競売における競落価額が通例目的物件の一般の取引価格を下廻るものであることは公知の事実であって、原告主張の鑑定価額を最低競売価額として競売を実施したとしても、最初の期日において競落が行なわれるとは限らず、右価額の二、三割減で競落されることの保障すらもないわけであるから、原告の主張のような理由によっては、奥田鑑定の評価額金一五二万円をもって競落が行なわれたはずであるとの合理的推認が成り立ち得ないのはもとより、金一〇〇万円を超える金額で競落されたであろうという合理的推認もまた成り立ち得ないものというべきであって、前記諸事情、とくに、原告において本件機械が金一〇〇万円を下る金額で他人の手に渡ることを防止するため右金額を準備して競売にのぞむ用意をしていたという事実を基礎として、初めて、金一〇〇万円をもって換価が行なわれたであろうという合理的推認が可能となるものと解すべきであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。

なお、前認定のように、競売終了後、甲田文男から被告谷に対し本件機械を金六〇万円で買い受けたい旨の申出があったのに対し、被告谷が金七〇万円を要求したところ、甲田よりその後なんらの返事がなかったという事実があるが、被告谷が金五〇万一〇〇〇円で本件機械を競落したことを知っていたと認められる(前認定の事実関係からかく推認することができる。)甲田としては、この価額を前提としてできるかぎり安値で買い受けたい旨申し出ることは異とするに足らないところであり、また右のような安値で競落しながら多額の利ざやを要求する買値の申出に甲田が買い気をはばまれたとしてもなんら不思議ではないから、かような事実は、本件機械の一般の取引価格を推認する根拠とすらなり得ないものであり、いわんや、右事実は前記諸事情を基礎とする損害額推認の合理性を動揺させるものではない。その他乙第一号証には、差押物件の評価額として「三菱扶桑ブルトーザ二台一六〇万円」なる記載があるが、右機械の構造、使用年数等の評価の基礎となる事情が明らかにされていないので、右乙号証は、本件機械の一般取引価額を認定する資料とすることのできないのはもとより、前記諸事情を根拠とする損害額の合理的推認の妨げとなる資料と目することもできないものというべきである。その他に、損害額について前記認定を動かすに足りる証拠はない。

五、結論

よって、原告の本訴請求は、被告国に対し、金四九万九、〇〇〇円の損害賠償とこれに対する不法行為の日の昭和三七年一月二二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める程度で理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求と被告谷に対する請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主分のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 浜秀和 町田顕)

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